田中知さんのお話

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田中知さんは、桐生で大正時代から続く老舗パン屋の4代目。桐生市に本社を置く(株)スタイルブレッドの社長です。幼いころから親しんできた桐生の街なかで、昭和の時代からこの場所にあった古民家を活かして、新たに人が集まり、つながりが生まれる場所を創る「アンカーPLUS」プロジェクト。このプロジェクトの根底にある、地元桐生に対する感謝と、これからのまちに対する思いを(株)アンカーの川口社長と共有したことをきっかけに、「アンカーPLUS」内にパン教室「暮らしの製パン所」をオープンします。自社で種おこしをする天然酵母を「桐生酵母」と名付けるほど、この地に思い入れの強い田中さんに、お話をお聞きしました。

田中さん2014.10.30

Our mission

パン屋の4代目として桐生に生まれて、物心ついた時から身の回りにはパンがある環境で育ちました。父は家業を継げとは一言も言いませんでしたが、私はパンが好きでしたし、パン作りを仕事とすることは、自然な流れでした。

仕事に就いてからは、父の経営するパン屋の一従業員として、真剣にパンと向き合う毎日。パンは気温や温度、すべての環境に影響を受ける「生きもの」で、昨日と同じことを繰り返していても良いパンにはなりません。でも魂を込めて作ったパンは、こちらの期待以上に応えてくれることもあります。

仕事には厳しいが、従業員のひとりひとりに声をかけ、その話を聞き、自分の技術や知識を惜しみなく伝えてみんなに慕われていた父と、いつも太陽のように朗らかで、スタッフ全員のお母さんのような母。そんな二人の下で、みんな夢中でパンを作っていました。そして、自分たちのパンがお客様の笑顔のきっかけになる。この日々が私に、会社=company=“パンを分け合う仲間”のあるべき形を教えてくれたように思います。

2005年に事業承継し、2006年に会社名をスタイルブレッドとしました。大正時代から積み重ねてきた伝統は引き継ぎながら、それに甘んじることなく、未来にわたって価値のある会社でありつづけるための革新に向けた再創業でした。

このとき私が考えたのは、「スタイルブレッドは何のために存在する会社か」。私は「パンを通じて上質な時間を創り、パンを通じて心の贅沢を作る」ことを会社のミッションに決めました。おいしいパンを作るのはもちろんですが、その先にあるもの、たとえば、パンのある食卓と、そのテーブルを囲んで会話が弾む時間。何日も前からその日が来るのを待ちわびているような、特別な食事のひととき。パンをひとつの起点として広がっていくであろう、良い時間と空間をお客様に届けたいと考えました。

そのためには、お客様にとってパンが必要な時に、必要とされる場所で、最もおいしい状態で届けられて初めて、お役に立てるはずだと思いました。このときに作ったのが、それまで市場にほとんど出回っていなかった「高品質な冷凍パン」をお客様の元へ直接お届けするシステムです。

いま、桐生の水と空気に育まれ、私たちの手でひとつひとつ作られた「桐生酵母」のパンは、全国のホテルやレストランで、お客様の心に刻まれるひとときに彩りを添えています。

 

原点への回帰

今、私が大事にしているのは、原点への回帰、パンの歴史や本質に立ち返って考えてみることです。

たとえば、日本では、これまで軽食やおやつとして括られることの多かったパン。しかし、パンの故郷であるヨーロッパにおいては、パンは本来、食事と組み合わせて食べた時に効果を発揮する機能的な主食であったと考えられています。食の多様化が進み、欧米の料理が広く一般に取り入れられている今だからこそ、米にはない栄養素を多く含み、機能性を持つパンを主食に選んで頂くことの正当性を感じています。

そして、家庭にある道具を使って、手ごねで作って焼き上げるパン教室。いまでは、パンはお店で買うことが一般的です。しかし、歴史を辿れば、パンとともに生きてきた人間の営みの中には、暮らしの中にパンを捏ねる時間があり、生地の熟成を酵母にゆだねて発酵を待つ時間があり、祈りにも似た思いでパンを焼く人々の姿があったといいます。

その当時と現代で、生活様式は大きく変わりましたが、いまを生きる私達にとって、毎日の生活から切り離されたパン作りの時間をもう一度暮らしの中に取り入れることから、生まれる豊かさがあると思っています。

材料を合わせるところから、時間をかけて生地を育て、オーブンの中で膨らむパンを見つめるときの思い。そしてオーブンを開けた瞬間の感動は、時と場所を越えて、ひたむきに生きる人間に共通する感情であって、このことに思いを馳せるとき、日常の中で、ふと自分自身を見つめ直すことができる、そんな素敵な瞬間がここで生まれたら良いと思います。

忙しい毎日のなかでも、ここではあえて手間と時間をかけて、心にも体にもおいしい時間を五感で感じていただきたい。そして、パンを通じて上質な時間を過ごしていただきたい。そんな思いでパン教室「暮らしの製パン所」をオープンします。

 

田中さんスマイル

「来てね」